ブラック企業?での研修終了と経費の立替えと小ネタ集 中編

東京暮らし時代の裏話

お疲れ様です 下手のり子でございます。

 

前回の記事はコチラ↓
下手のり子の上京就職物語~初めての就職先はブラック企業だった?~ 前編

 

さてブラック企業と言えるかどうか分かりませんが、とりあえず就職の選択肢を誤ったかもしれないのり子。

果たしてこれからどうなるのか?

 

前編にも書きましたが、フィクションという体でご覧くださいね!

恫喝ですよね

さて社長から叱咤激励を受けた私達は、何かあるごとに怒鳴られるようになりました。

それこそお手洗いで席を立っただけでも、

 

「おいおい、またサボるのかあ!?勘弁してくれよお!給料泥棒かよ!!!」

 

食事休憩の時も、

 

「食べる余裕があるのが凄いわあ、やる気ないのかねえ!?」

 

……などと、私達の行動一つ一つに怒鳴りつけるようになりました。

 

でも私達は誰一人言い返す事も出来ず、ただただ言われるたびに謝罪をしていました。

今考えたら、完全にマインドコントロールされていたのでしょうね。

抵抗する気力など湧くわけもなく、ただただ服従していました。

 

そして帰宅時間も当然終電ギリギリが当たり前になり、家に帰ると数時間復習した後に2、3時間寝て始発で出発……という生活が始まりました。

 

週に一度の休み(もちろん週休2日の条件でした)も半日は出社して勉強、というより、社長に私達はこんなに頑張ってますよ! アピールをしてました。

 

強烈だったのが、抜き打ちでテストが数回あり、5人全員が合格しなければ朝まで残って勉強。

という罰を受けました。5人が5人とも合格点を取れないような無理難題な問題で、計3回あって3回とも誰一人合格点を取れませんでした。

そりゃそうです、教材に載っていないテストを出されたので。

 

社長曰く、

 

何でこの業種に就職したのにもっとリサーチしとかないの?バカなの?

バカはバカなりに寝ずに勉強しないといけないんじゃないの?

さすが!終電に合わせて帰れる奴らは違うわ~!

 

……と叱咤激励の嵐(笑)。

 

抜き打ちテストがあった日は毎回5人全員会社に朝まで残り、ひたすら勉強。

次の日はそのまま勤務でした。

眠いし、お風呂も入ってないのでみんな臭いしで、メンタルきつかったですね。

ちなみに後日社長から聞きましたが「徹夜に慣れさせる為」と言ってました。

最初から家に帰す気が無かったみたいです。

 

それでも誰一人辞めることなく(というか辞める発想が浮かばないほど疲弊していたと思います)、研修期間を終えました。

 

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研修が終わりました

約1ヶ月でなんとか社長からOKを貰った私達。

 

今度は営業に行く事になるのですが、メインはもちろん都内の営業。範囲が広くて全国を飛び回る営業もさせられました。

 

もちろん営業なので何らかの成果を出さないといけないのですが、社長と同じ空間にいないで済むという安堵感から楽しみでしょうがなかったです。

 

そして初出張が決まった時に、経理さんに呼び出されました。

何だろうと思い行くと、

 

「下手さん、愛媛県に行ってもらうけどクレジットカードは持ってるよね?」

 

と言われ、出張先でいざという時のためなんだろうな、と思い……

 


はい!持ってます!(元気に返事しないと怒鳴られる)

 

そう返事をすると、経理さんはにっこり笑い、

 

・うちの会社は出張費全額を社員が毎回立て替え。

・旅費などの経費は全て来月の給料日に清算(月末締め月末払い)。

・最短距離で必要最小限の交通費しか払わない、現地でかかるバス等の細かい交通費は全て自腹。

・都内の移動はICカード(スイカ、PASMO等)で月に10ml上限で会社負担、もちろん立て替え。なお通勤にかかる交通費もこれに含む。

 

……ん? 私が仕事慣れをしていないからでしょうか?

 

前の会社でも出張はしてましたが、あらかじめ航空チケットなど最低限の手配はしてもらい、現地で細かい諸経費は立て替え……という事はしていました。

 

今回の会社は全て出張費は立て替え。そしてバスなどをなるべく使わない方法を自分で調べないと、はみ出した分は全て自己負担。

 

後は交通費が出るという条件だったのですが、家から職場まで、毎月定期にしても約15mlがかかる上に、営業交通費も含む10mlのみ……?

 

もしかしたら当たり前なのかな? と思い、しぶしぶ了承。

そして、これが後に私を苦しませる原因になります。

 

出張ラーッシュ!

それからも、私は始発で会社に行き、都内の営業なら夜の8時まで外回りをして、出張なら準備出来たら飛行機で地方に飛び、その日の最終近くの便で日帰り。

 

その後会社に戻り終電まで仕事。帰ってまた始発で会社……。

という日々が続きました。ガッツリお休みが取れるのは月に一回あるかどうか。

 

そしてたまの休みは当然泥の様に眠る。

を繰り返していました。

 

そして地方の出張は月に4、5回ありました。

 

飛び込み営業では無くアポを取ってからの営業でしたので、出張する日に合わせて飛行機やホテル等の予約を取り(ホテルも上限5mlではみ出したぶんは自己負担)、全て自分のクレジットカードで精算。

 

ちなみにお給料は試用期間のまま、総支給で180ml(手取りで150ml程度)でした。

 

私は友達に迷惑を掛けまいとアパートを借り、既に一人暮らしを始めていました。

給料振込と同時に出張費などの経費が支払われるのですが、家賃光熱費、食費、そして確実に経費から飛び出す自己負担額とクレジットカードの返済。

手元に残るのはわずかで、また次の月からクレジットカードで精算する日々。

 

一体私はなんの為に働いているのだろう……と悩むようになり、あまりにも辛いので、心を無にしないといけないと思い、プライベートで大人の空気と大人の飲み物に依存する日が多くなりました。

 

続きます。

 

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おまけの小ネタコーナー

・防災訓練の思い出

小学校の時に校庭に集まり点呼をした後、どさくさ紛れに帰りました。

次の日恐る恐る学校に行ったら普通でした。ラッキー。

・座席決めの思い出

高校生の時にバイトに明け暮れて学校で一日中寝ていたら、私だけ教壇の真ん前に完全固定されました。

この時にシャーペンを持ったまま書いたふりして寝る術を体得しました。

・第2ボタン

卒業式の時に好きな男性から貰う…という文化は無かったと思います。

・卒業式の思い出

中学校の卒業式は式が終わる前に友達と帰って遊んでました。

・下着の色は?

緑色ベースの某蚊取り線香マークが入ったトランクスを履いてます。

後は縦縞のストライプの青いトランクスが好きですね。

 

以上です。

 

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