【のり子の上京物語】東京に住もうと決めた前後の話と今後のお題募集。 前編

2019年7月12日東京暮らし時代の裏話

お疲れ様です! ネタをくだーさーいウオウウオウネタをくだーさーい! 下手のり子でございます!

 

本日も元気に「下手スロ」 と 「ちょっきな2」も更新しております!

 

通勤、通学のお供に是非!まとめてご覧ください!

 

前回のタブー?に触れた記事はコチラ↓
【のり子の下手スロ裏話】不具合に苦しみ苦渋の決断。そしてグーグル砲が…な話。 後編

ネタをください。

はい、何回も書いてますが本当にマジのガチの本気でネタが切れてます。

とりあえず思いついた事を書いてますが、まだまだ始めたばかりのブログで方向性も定まってません。かと言ってまだマニアックな記事を書くには諸事情で早計過ぎて……。

ちなみに何時になるかは分かりませんが、

 

・プロレス

・昭和

・平成

・旅

・食事

・ブログ裏話

・社会情勢(笑)

 

……等も細分化して書こうとは思ってます、が……

 


書きたい!今ならスラスラ書ける!

 

……と思ったタイミングじゃないと上手く書けないんですよね。

 

そこで何時になるか、そして実現するかどうかすら全く保証は無いのですが、書いて欲しいネタをリクエストくださいお願いします(懇願)。

 

「一体この事について下手はどう考えているのか?」等々、ダメ元で送っていただけないでしょうか?

頂いたお題は必ずメモさせて頂きます。

そして何かが降りてきて、時が来れば迷わず書きます!

 

これを見ているブロガーさんや、今後ブログを始めようかと考えている方が聞きたい裏話あれば書ける範囲で書きますよ!

 

あくまでも「裏話」ですからね! アクセスアップの参考には全く役立ちませんからね!

 

「のりコラム」は一見役に立ちそうで役に立たない、でも「へーこんな事があるのか……」的なラインギリギリの所を攻めたいと思っております(キリッ)。

 

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上京のきっかけ

時は平成XX年(ね、年齢を誤魔化すわけじゃなくて、特定を防ぐための伏字ですからね!!!)。

当時、某長崎県佐世保市で就職していた私は、「一生この地で暮らして行くんだろうな……」と別に生活や土地に不満があるわけではなく、のほほんと暮らしておりました。

 


生活に不満はなかったですよ!食べ物も美味しいですし!

 

そしてもちろん「東京に住む」なんて発想は全くありませんでした。

 

私の認識での都会は当然「福岡県」。九州在住の方だったら都会=福岡ではないでしょうか? 私もそうでした。

私はその発想だったので、もし都会に住むと考えるなら「福岡県」しか選択肢はありませんでした。

 

東京には出張で何回か行った事はありました。

当時の感想は「都会だな~」位で別に憧れがあるわけでもなく、仕事の付き合いや時間がある時に軽く観光したりして楽しい場所だとは思っていました。

 

……が、好きとか嫌いとかではなく、純粋に東京にはご縁がなく「一生住む事はないだろうな」と思ってました。

 

ある日、仕事を辞めて次に何をしようかと考えていた時に、当時東京で仕事をしていた友達からタイミング良く連絡があり「次の仕事がまだ決まってないなら東京暮らしを経験してみたら? 給料も段違いだよ」と言われて「わかった、行く。しばらくお世話になります」と即答。

 

次の日に飛行機のチケットを予約して、2週間後には上京してました(笑)。

 


いきなり新生活だよ。

 

生まれも育ちも同じ場所の方は「郷土愛」が強く、生まれ育った思い出深い土地から離れて、全く知らない土地に住もうなんて発想がそもそも浮かばない!……と思います。

 

それは至極当然のことだと思いますし、大事な事だと思います。

 

今後また書くかもしれませんが、私は小さい時から親の都合で色んな土地に引っ越していたので、違う土地で暮らすことにそこまで抵抗がありませんでした。

 

そして自分が見たことのない新世界に、飛び込むのが好きです。

もし生まれも育ちも同じ県だったら、知らない土地にビビッておそらく答えは「NO」だったのかもしれないな、と思います。

 

別に地元に愛着がなかったわけではありません。むしろ大好きですよ!

 

ただその時仕事を辞めた理由が「イジメ」だったんですよね。

そこそこ大きい会社だったのですが、いわゆる家族経営で役職は全て身内で構成されていました。

そして経営者家族皆さんが……という訳では無く、約2名ほど機嫌を取らないと挨拶や大事な仕事の話ですら無視されたり、イジメてくる人がいて、とても閉鎖的な感じがしてウンザリしていました。

 

私自身がいじめられたわけじゃないのですが、他の人がやられていたのを目の当たりにしつつも助けてあげることが出来ず、愚痴を聞くことはしても見て見ぬ振りをするしか出来なかったです。

 

何も出来ない自分に罪悪感も感じていた上に「次は自分かも」という恐怖感で疲れていて辞めました。

そして「心機一転」したいと思っていたので、東京行きの話は凄く魅力的でタイミングもバッチリだったんですよね。

 

ちなみにその方もほぼ同時期に辞められました。次のお仕事が上手くいっていれば良いのですが……。

 


もちろん家族経営の会社が悪い!とは言ってないですからね!

 

そして上京する前の準備中、ネットで下調べをしている時にビックリしたのが給料の違い。

 

なんと同じ業種でも、下手したら1.5倍近くも違うじゃないですか! 

ヤバイ、億万長者待ったなし!……と頭がお花畑の私はそう思ってました(笑)。

 

上京しましたよ。

親には内緒で準備を進め、前日に「明日から東京に住むわ」と言ってビックリされた私。

 

さすがに「ちょっと待て!」と説得されたのですが、元々衝動時に行動する癖があった私を親は知っていたし、行動する時は有無を言わさずなので、そこまで長い時間説得されませんでした。

 

当然就職先も決まっているわけでもなかったので、「とにかく友達に迷惑だけは掛けてくれるな」と言われて上京。

 

羽田空港まで迎えに来てくれていた友達に合流して、新生活が始まったのです。あ、私の荷物ですか? 1週間分の着替えとスーツ2着だけでした。

宅配便で送っていたので荷物はほぼ手ぶらの状態でした。友達のお土産は空港で選んだ東京ばななでした。

 

とりあえず上京していきなり衝撃的だったのが、友達の住んでいる所。

 

大田区蒲田の近くで「久が原」と言う小さな駅が最寄駅の場所だったのですが、私の地元より田舎な雰囲気で静かで素敵な場所。

 

前に働いていた仕事で東京には頻繁に行ってましたが、中央区や新宿区、港区等、テレビで映る「一般的に地方人がイメージしている都会的な高層ビルが立ち並ぶ場所」ばかり。

 

だから友達が住んでいる所もてっきりテレビで映る様な「高層ビルのどこか」と言うイメージでした。

 


冗談抜きで六本木ヒルズみたいな、いや、なんなら六本木ヒルズに住むんじゃないかと本気で思ってました(笑)

 

駅前は「〇丁目の夕日」のロケ地ではないかと思うような、古き良き商店街で、メインの移動手段は徒歩か自転車。駅を降りたら精肉店から焼き鳥を焼いている良い香り。

地元にはなかったこの古き良き雰囲気。最初からこの場所が大好きになりました。

 

今考えたらこの「久が原」が最初に住んだ場所だからこそ、今後苦労する東京暮らしが長続きしたのだと思います。

 

この久が原という場所は、将来的に年を取ったら「終の棲家」として住みたい場所候補の一つですからね!

 

そして友達のアパートに案内された時もさらに衝撃で、「神田川」を連想させられる築50年以上のアパート(その時代に生まれてません!)でした。

 

高層ビルに住まないのが分かったのは軽くショックでしたが(笑)、雰囲気がとても良くて一発で気にいりましたよ!

外観は古いですが、内装はしっかり綺麗でした。お風呂もトイレも付いてましたよ!

 


逆にいきなり高層ビルのド真ん中に住んでいたら間違いなく田舎に逃げ帰っていたと思うので本当にこの場所、このアパートで良かったです!

 

というわけで新生活が始まりました。とりあえず2週間は仕事を軽く探しながらも東京に慣れる事を優先しました。

 

それでは次回の更新まで……

トランキーロ!あっせn……

 

……間違えました、後編へ続きます。
【下手のり子の上京物語】東京観光と新生活を始めるまで。 後編