【イラストエッセイ】のり子、自分のイメージする母の完成形が間違っていることを知る。

2018年9月12日イラストエッセイ, 10代

みなさんは「カーラー」をご存じだろうか。

 

 

美容院でパーマをかける時に、髪に巻く道具だ。

昔は家にカーラーを持っている人が多かったのではないだろうか。私の母ももちろん持っていた。

 

母は当時パーマをかけており、前髪を整えるために家にいる時はずっとカーラーを巻いていた。

 

カーラーを巻いて寝て、朝は家を出る直前までカーラーは外さない。

 

私の中では、なぜか「カーラー = 大人」の図式になっていて、カーラーを巻くのは大人の証だと思っていた。

と同時に、カーラーはオシャレで巻くものだとも勘違いしていた。

 

なので、私は

 

カーラーを巻く母の姿が大好き。

 

すっごいオシャレに見えてた。

母のようなオシャレをしたくて、早く大人になって自分もカーラーを巻きたいと思うくらい。

 

まさかカーラーが髪をウェーブさせるために巻くものだったとは。

 

カーラーについての勘違いは続いたままのある日。

 

朝、母が寝坊した。

ついでに私も寝坊した。

 

 

母は焦りながら身だしなみを整え、私はご飯を食べながら学校の用意をした。

 

もう学校には走っても間に合わない時間になっている。

母は「車で送ってやる」と、私を急かして家を出た。

 

カーラーを巻いたままで。

 

だが前述の通り、私の中ではカーラーを巻いた母が完成形だったため、指摘することなく学校の校門前で下ろしてもらって母とは別れた。

 

母はカーラーを巻いたまま会社へと行き、大恥をかいたそうだ。

 

母に

「教えてくれたらよかったのに」

と言われ、その時に初めて

「カーラーはオシャレでつけてるわけじゃないんだ!」

ということに気づいた。驚きだった。

 

ちなみに、母にカーラーはオシャレで、カーラーをつけた母が完成形だと思っていたことを告げたら、「そういう考え方もあるのか……」と変に感心していた。

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