【イラストエッセイ】のり子、我が家がとんでもない貧乏だったと知る。

2018年9月12日イラストエッセイ, 幼少期

幼少時、我が家はとんでもなく貧乏だった。

 

 

住んでいたのは一軒家。そこそこ古くてボロだった(と記憶している)。

 

お米が買えなくて、近所で商店を営む人が同情してツケでお米をくれたことも一度や二度じゃなかったそうだ。

 

給料日3日前に財布に入ったお金が80円だったこともあり、その時はかさを増やせる雑炊ばかり作っていたとのこと。

 

寝ている私を起こす時間も工夫していたらしく、

 

お昼の12時までは起こさない。

 

これは、起きる時間を遅くすれば1日2食で済むかららしい。

 

だが、これだけ貧乏だったにも関わらず、私は自分の家が貧乏だと全く気付いていなかった。

その理由はちゃんとある。

 

母がものすごく明るかったからだ。

 

子供が「自分ちが貧乏」だと気づくのは、親が「うちは貧乏だ」と嘆くからだ。

 

暗い顔をして「うちは貧乏だ」と口にしていれば、親の顔色を常にうかがっている子供が
「貧乏=悪いもの」
と頭の中で図式を作るのは当然のこと。

 

そしてそんな図式を頭の中に作ってしまえば、子供は周りをねたんだりひがんだりするようになる。その感情は、子供の心をすさませてしまう。

 

子供の成長に、親の暗い顔も貧乏も必要ない。

 

必要なのは、親がいつもニコニコ笑っていることだ。

親が笑えば子供も笑う。親が楽しそうにしていれば、子供も楽しくなる。

子供にとって必要なのは、たったそれだけだ。

 

子供におやつを食べさせたい。けれどお金がなくてお菓子が買えない。

 

なら、作ればいいじゃない。

 

お金がなくておやつが買えない。なら、買えないと嘆くんじゃなくて、作ればいいじゃない。

 

母はよくおやつとしてよもぎ団子を作ってくれていた。

その材料となるよもぎは、

 

自力で採取。

 

母が「よもぎを採ってきて~」と言えば、ガケをよじ登りよもぎを採取した。

たくさん採っていくと母が喜ぶし、ガケ登りも楽しかったので、こちらはゲーム感覚だった。

 

一緒に山に行って山菜を採ったりもしていた。母が楽しそうにしていたので、まさか食べ物を買うお金がなくて山菜を摘みに山に行ってるとは思いもよらなかった。

 

でも、それもこれも大人になって母に教えられて初めて「え、あれって貧乏だったからやってたの?」と気づくレベル。親が言わないと子供って本当に気づかないんだ! と衝撃だった。

 

そしてもう1つ、衝撃が。

 

私が高校生まで貧乏だったこと。

 

本気で、まったく、何一つ、うちが貧乏だったことに気づかなかった。逆に我が家は裕福だと思ってんだけど(なんという勘違い)。

 

そういえば、当時「服買いたい」とねだった時に「お金ないから無理」とか言われたっけ。本気でお金がないから無理だったらしい。冗談じゃなかったの……?

 

大人になってから知らされた新事実に、本気で衝撃を受けた日だった。っていうか自分、鈍すぎないか!?

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