のり子、時計の読み方を知らずに育つ。

2018年8月16日イラストエッセイ, 幼少期, 10代

小学校に入学したての4月か5月、「時計の見方を覚える」という授業があった。

 

 

早い段階で行った授業なので、この時計の見方がどれだけ重要だったか今ではわかる。

 

1人1人の机の上に目覚まし時計の形をした模型が置かれ、先生が懇切丁寧に見方を説明し始めた。

 

短い針は「〇時」を、長い針は「〇分」を。

 

理解ができない生徒には、先生が1対1でわかるまで説明するという力の入れようだ。

 

先生が授業時間を目いっぱい使って、わかるまで繰り返し時計の見方を教えてくれていた間、私は、

 

時計を見ることを放棄していた。

 

今の時代、デジタル時計があるのだ。こんな針と数字の時計を使うメリットがどこにある?

 

パッとひと目見れば時間がわかるデジタル時計で十分じゃないか。

 

そもそも家に置いてある時計はほぼ全部デジタル時計だから、アナログ時計を見る機会なんてそうそうない。

 

以上のことから、私が時計の見方を学ぶ必要性はナイ

 

みんなが真面目に時計の見方を覚えようとしている間、私は時計をいじくって遊んでいた。

 

自分の中でまったく必要性のない授業は、ほんの1~2時間で終了。その後、二度と時計の見方を学ぶ授業は行われなかった。

 

教室にかけてあった時計はアナログ時計だったが、教卓の上にデジタル時計が置いてあり、私は時間を確認するときはそちらを使った。

 

そしてアナログ時計が読めないことに不便を感じないまま1年、2年と時は流れ。

 

それから4年後。

 

私は小学4年になっても時計が読めないでいた。

 

少しずつだが、アナログ時計が読めないことを不便だと感じ始めていた私。

 

「これはヤバイ!」と本格的に危機感を持ったのは4年生の頃。

 

教卓に置かれていたデジタル時計が担任の変更とともになくなり、学校で目に入る時計がすべてアナログ時計になったこと。

そしてもう1つ。友人に時計が読めないことを言った際に「それは絶対変だよ!」と、すっごい否定されたからだった。

 

えっ、私おかしい!?

 

と危機感を持った私は、時計が読めないことも非常に不便だったため、4年生にして初めて時計の見方を勉強することに。

 

だが1年生の純真無垢な時に学んでおかなかったツケは大きい。

 

もうぜんっぜんわかんないの。

 

母に聞いたり(読めないと言ったらすごく驚かれた)友達に聞いたりして、基礎的なことはわかっても、時計をパッとひと目見て瞬時に時間の把握をすることができないのだ。

 

短い針が3の下で~、長い針が9にあったら45分ってことで~、と考え考え、ようやく時間がわかる状態。

なんで1年生の頃に勉強しとかなかったんだ、自分! と何度思ったことか。

 

何度も、「もうデジタルだけで生活したい……」と心が折れそうになりつつ、中学校に上がるくらいにようやく時計の読み方を会得した。長かった。

 

1年生の時の、たった1~2時間の授業をサボっただけでこんなに苦労することになるとは。あの時わかっていれば、もうちょっと身を入れて授業を聞いたのに!

 

勉強するのに無駄なことはない。いい教訓になったよ……(しかし教訓が生かされたことはあまりない)。

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