【イラストエッセイ】のり子、高校のころに印象深かった先生のことを語る。

2018年9月12日イラストエッセイ, 10代

さっそくですが、私の通った高校のことをお話しします。

 

 

私は高校は、県立高校だった。

 

校風は一言でいえば

 

「自由」

 

高校生といえど、義務教育ではなくなったので大人と一緒。

 

自分で考え、自分で行動する。自分の責任はなるべく自分で負う。教師はその手助けをするだけ。

 

額に書いて飾ってあるわけでも、教師が口にしたわけでもないが、学校に漂う空気は私にそう告げていた。

 

とにかく自由なため、

 

授業中に寝てても注意されない。

 

サボっても何も言われない。無断で休んでも家に電話がかかってくることもない。

昼休みが過ぎると生徒が何人か消えて(サボり)しまうのだが、それすら誰も気にしない。

 

しかし新しく赴任してきたばかりの教師は、この学校の空気に免疫がないため、

 

生徒が消えたのにのんびりしている先輩教師にまず驚くのだ。

 

最初は探しに行くものの時とともに諦めてしまい、1年もしないうちに「自由」の校風に馴染んでしまう。

そのため、この校風が変わることはなかった。

 

こんな緩い学校だが、メリットとしては

勉強したくなったら教師がとことん付き合ってくれる

というところだろう。

 

勉強を好んでする生徒がいないためか、「勉強がしたい、大学に行きたい!」と言う生徒がいたら、放課後に時間を割いてまで1対1で教えてくれるのだ。

 

勉強がしたくなったらおいで、と常に手を広げて待っていてくれるのは、この学校のいいところだと思う。それ以外は……どうなんだ?

 

ちなみに、こんな自由な校風だったからか、イジメは全くなかった。みんな自分のこと(バイトとか趣味とか)で一生懸命だったから、あんまり他人に興味なかったのかな。それはわからないが。

 

さて、そんな自由な校風の高校なのだが、一応県立であるために教師の転勤というのがしっかりあった。

 

だいたいの教師は赴任してきてもすぐにこの高校の空気に馴染むのだが、たまに全く馴染めない教師もいた。

 

馴染めなかったのは、バリバリの進学校で厳しく教えていた教師が多い。

 

今までいた場所と180度違う空気が流れる学校に来たら、そりゃあ拒否反応が出るだろうな、とは思う。

 

私が印象に残っている教師も、その1人だった。

 

 

この教師は非常勤で、1年の契約で学校に来た。

 

それまでは進学校で教えていて、それなりに厳しかったらしい。

 

しかし、うちの学校は何といっても

 

自由!!

 

今まで教えてきた進学校で、授業中に突っ伏して寝るような生徒など1人もいなかったそうで、その教師は常にイライラしていた。

 

苛立ちを抑えるような強い口調で、いつも授業をしていたように記憶している。

ただ授業自体は面白かったので、私は寝ずにちゃんと聞いてた。

 

いつかは先生もこの学校に慣れるかな? と思っていたが、1年経ってもその教師は校風に慣れないまま。

 

そして非常勤の1年契約が終わり、全校集会で最後のお別れとなった。

 

今まで転勤していく、もしくは定年退職していく教師の別れの言葉といえば、当たり障りのない

「楽しい学校だった」
「向こうにいってもみんなのことは忘れない」
「みんな、勉強頑張ってね」

ばかりだった。

 

この教師もそれに類する言葉なんだろうと思っていたら、教師の口から出てきたのは

 

まさかの文句。

 

授業中に寝るなんて考えられない。ぼくの行ってた学校ではそんなことなかった。

生徒がサボるなんて信じられない。それを探しに行かない教師もありえない。

というか、この学校自体がありえない。こんなヒドイ学校は今まで経験したことがない!

本当は契約期間の延長もできるが、こんなところで延長してまで教えられるか!!

 

すごい勢いでけなす、けなす。

生徒だけじゃなく、学校まるごとけなしまくる。

 

他の教師も教頭も校長も、もちろん生徒も、誰も口を挟むことすらできない剣幕で、ひたすら学校まるごとけなされた。

 

そして長いけなし演説のあと、締めは

 

これである。

 

どれだけ腹に据えかねていたのだろうか。

よほど許せなかったんだな……。

 

そう怒りまくって教師は去って行った。

 

誰もが「えぇ……」とドン引きしていたが、その後

「あの先生はうちの校風が合わなかっただけ」

という結論が出た。

 

教師の言葉に、誰も何も反省することはなかった。

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