のり子、母のスパルタ指導に逃亡する。

2018年7月14日イラストエッセイ, 10代

母は運動神経が抜群な人間だ。

中学の頃はバレーボールを、高校ではバスケットボールに青春を費やし、全国大会に出場するような強豪校のキャプテンを務めるほどのスポーツマンだった。

50歳を超えても現役でバスケットに汗を流していて、そんな力がどこから出てくるのかといつも感心してしまう。

対する私は運動全般が大の苦手。急いでいても絶対走らないと心に決めているくらい、体を動かすのが大嫌い。体育の授業はどうやって手を抜こうか、そればかり考えていた。

母娘なのに、母の遺伝子はどこに行ってしまったのか。不思議でならない。

そんな母。

私が小学生の頃、通っている小学校でバスケ部の監督を請け負うことになった。

それ以前にも別の小学校のバスケ部で監督をしてことがあり、その繋がりで頼まれたようだった。

母は監督業を受けるにあたり、私に「のり子もバスケットやってみる?」と聞いてきた。

先ほども書いたように、私は運動が大嫌い。当然、バスケットにも興味がない。

断ろうとしたのだが、母を見ると笑顔。すっごい笑顔。いつも以上のものすっごい笑顔。

「バスケットはすっごく楽しいよ」

「そんなにキツいスポーツじゃないよ」

「お友達もたくさんできるよ」

笑顔で言葉をつむぐ母。やり手の営業マンなみのトークに、私はどんどん洗脳されていった。

気づけば「じゃあ、やってみる」とバスケット部に入部することになっていた。

見学していたらバスケットってなんだか楽しそうに見えてきたし、それに、私は母が大好きだったので、放課後にずっと母と一緒にいられるというのが魅力的に映ったのだ。

大好きな母から、優しくバスケットを教えてもらえる。

私は母からヨシヨシと撫でられ褒められながらバスケットをする自分を想像していた。

それはとても楽しいことに思えた。

そして、バスケ部に入部後。

鬼がそこにいた。

楽しいなんてもんじゃない。そこはまさに地獄だった。

優しさのひとかけらもない指導。褒められるどころか怒鳴られ、撫でられるどころかさらに怒鳴られ、とにかく何かしら怒鳴られる。

他の部員にはそうでもないのに、私だけ怒鳴られる。ピンポイントで怒鳴られる。イジメかってくらい怒鳴られる。

ナニコレ、ぜんぜん楽しくない……。

大嫌いな運動させられてる上に、さらに常に怒鳴られる日々になろうとは、バスケ部に入る前は想像すらしていなかった。

生き地獄だよ。

そもそも母にほとんど怒られたことのない私がそんな日々に耐えられるワケがない。

私は練習中、スキを見ては

トイレに逃げ込んだ。

ムリムリー。

もうヤダと思ったら、すぐにトイレに逃げ込むようになった。根性という文字は私の辞書にはない。

だが、逃げたことはすぐバレる。

2分経ってもトイレから出てこなければ、外から容赦なく怒鳴られた。

もう母が鬼にしか見えなかった。

バスケ辞めたいとしか思えなかったが、あの鬼にそれを言うのは恐くてできない。もう本気で地獄にいるんじゃないかと何度思ったことか。

だが、恐いのはそれだけではない。

バスケの練習が終わった途端、

母「帰ろうか、のり子」

誰コレ……?

母がいきなり優しくなるのだ!

なにこの人、二重人格なの……?

練習中は鬼のように恐ろしいのに、終わった途端にいつもの優しい母に戻るのだ。その急激な変化に、本気で二重人格を疑ったくらいだ。

本当に、小学校を卒業するまでの2年間は地獄だった(バスケットは実質2年くらいしかしてなかった)。

大人になって初めてわかることがある。

監督をしている部に自分の子供がいたら、贔屓していると周りから思われないように特別厳しくしないといけないこと。

自分の子供を人一倍厳しく指導することで、周りに緊張感を与える効果があること。

練習中は監督の顔、練習後は母の顔と、ちゃんと使い分けをしていたこと(実際、家ではバスケの話は一度もしたことがない)。

そんなことが全て、大人になってから理解できた。

でもさ、お母さん。

それ、事前に言っといてくれないかなあ……。

あの頃はお母さんがおかしくなった! って本気で悩んだよ……。

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