【イラストエッセイ】のり子、挨拶に関する母の努力に敬服する。

2018年9月12日イラストエッセイ, 幼少期, 母のお話

母はその昔、生まれた私を背負っては、毎日玄関前をホウキで掃いていたそうだ。

 

おんぶ紐が大活躍。

 

玄関前の道路を掃いては、近所の人と挨拶を交わす。

 

とはいっても人の往来が多い道ではなく、どっちかと言えば道が入り組んだ寂しい場所に家はあったので、人と会うこと自体珍しかったようだが。

 

そんな中、たまに顔を合わせる近所の人がいた。

 

 

我が家の3軒先の家に1人で住んでいた女性だったのだが、この人がわりと気難しい人だった。

 

 

会えば母は挨拶をするのだが、

 

いつも無視され、挨拶が返ってきたことはなかった。

 

近所づきあいが嫌いな人だったという。

どんなに挨拶をしても、顔を背けて無視。徹底的に無視。

 

普通なら不愉快になるところだろうが、母は

 

ポジティブだった。

 

自分がしたくて挨拶をするのに、相手からの返事を求めるのはただの押し付けだ。

自分がしたくて行っている行動を相手に強制してはいけない。

私は挨拶をしたいからする。相手に無視されようが問題じゃない。

 

と母は言う。

 

それと同時に、たぶんその女性は人間関係で何かトラウマを持っているような雰囲気があったそうだ。だからわざと自分から人を遠ざけているんだと。

 

母はポジティブだ。無視されようと物おじしない。

 

相変わらず顔を合わせれば挨拶をし、無視され続けた。

 

だが母は、変わらず挨拶を続けた。

 

春夏秋冬、晴れの日も雨の日も雪の日も、顔を合わせれば必ず挨拶。

 

それを続けること2年。

 

ある朝、母はいつものように玄関前をホウキで掃いていた。

顔を下に向けていたので、人が通っても全く気付かなかったという。

 

そんな母の頭上に、

 

声が降ってきた。

 

顔を上げてみると、

 

今まで無視してきたあのヒトが。

 

人が通ったことに気づいていない母に、わざわざ声をかけてくれたのだ。

 

挨拶し続けること2年。

 

ようやく努力が実った。

 

そのご近所さんとはそれから普通に挨拶を交わす仲になっただけでなく、そのあと非常に助けられたと母は言う。

 

当時、貧乏すぎて私の着る服が買えなかった母(姉のはボロボロ過ぎて着れなかった)。

 

私が赤ん坊のころはバスタオルを縫って、どうにか服の形態にして着せていたそうだが、大きくなってきてしまうとバスタオルというわけにもいかない。

 

でも服を買うお金がない。

 

そのご近所さんは母の悩みを知らなかったはずなのに、ある日、

 

子供用の服を大量に持ってきてくれたそうだ。

 

自分の子供が小さいころに着ていた服があったからと言うが、母にとってはこれ以上ないほどの恵みだった。

自分の子供にまともな服を着させてあげることができる。母は本当に嬉しかったという。

 

別に助けてほしくて挨拶をしてたわけじゃないけど、挨拶というのはやっぱり大事だと実感した。

そう母は言っていた。

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